高鈴山・助川山
(623m) ・ (328m)

2010年1月17日

茨城県日立市助川町は、生まれてから中学校2年生まで住んでいた私の故郷です。最も多感な時期を過ごしたこの街は、今でも時々訪れる大好きな思い出の街です。そんな街を一望に見渡せる助川山から高鈴山へのハイキングコースは、この街の小学校の遠足コースでした。昨年亡くなった父が入院していた病院もこの近くにあり、車椅子の父といっしょに、昔通っていた小学校の風景を懐かしく眺めていました。

35年ぶりに歩いた路はだいぶ様子が変わっていましたが、所々に記憶に残る風景があり、懐かしい思いがしました。父とキノコ狩りに来たときに歩いた小道や、小学校の遠足のときに落ち葉を拾った場所なども昔のままでした。以前は踏み跡もあまりなかった助川山の山頂はきれいに整備されて、日立市内や太平洋を見渡せるすばらしいスポットになっていました。いつまでも無くなってほしくない大切な風景です。

<コースと時間>
助川海防城址公園9:30〜10:10助川市民の森〜10:16助川山入口〜10:40おむすび池〜11:00百体観音〜11:50高鈴山(往復)〜13:00助川山〜14:00助川海防城址公園

<標高差・距離>
累積標高差:960m  距離:17km  

<交通>
常磐自動車道日立中央北ICから国道6号線を日立市内方面へ 助川小学校と日立総合病院の間を山側に右折すると助川海防城址公園がある。なお、日立中央ICから神峰方面に向かう本山トンネル付近にも登山口がある。


↓クリックすると大きな写真が表示されます

@ 城址公園からスタート。助川海防城は、9代水戸藩主徳川斉昭によって 天保7年(1836年)に築かれた海防目的の平山城です。海防城は日本に2ヶ所しかなく、貴重な史跡となっています。 A 城址公園にある「鳩石」 ハトの形が彫ってあるのがわかりますか?城の初代館主である山野辺義観が、かわいがっていたハトの死をいたんで庭石にその姿を彫りこんだものだそうです。
B 城址公園から見渡す日立市内の風景
中学生の頃まで住んでいたアパート、通っていた小学校や遊んでいた原っぱがすべて見渡せる大好きな場所です。
C 昔の記憶のままの懐かしい道、小学校の遠足の帰りにここで腐葉土を作るための落ち葉を拾って帰りました。
D 日立セメントが石灰石を貯蔵庫まで運ぶための架空索道、昭和12年に運用開始されたものです。昭和29年に現在のような複線式になったとのことですが、現在も使われているとは驚きでした。 E 石切山は深い谷をはさんで”山彦”を楽しんむことができたり、よくお弁当を食べたりした大好きな場所でしたが、現在は通行止めになっていました。
F 道端に残る馬力神 この路は、150年も前、日立の海で捕れた魚や塩を高鈴山を通って里美や大子などの山間部に運ぶのに使われていたそうです。 G ハイキングコースの周辺には馬酔木(アセビ)が群生しています。万葉集にも詠まれているこの木は葉に毒があり、馬が食べると苦しむことからその名がついたらしいです。春にはスズランのような可憐な花を咲かせます。
H 金山百体観音(標高約360メートル地点) I 百体観音から先は少しだけ急な登りになります。ひと登りして広い林道に出ると、高鈴山はもうすぐです。

J 高鈴山の山頂部には雨量観測塔や電波中継塔が並んでいます。 K 高鈴山の山頂623.3メートル
L 山頂からの風景、奥久慈の山が広がります。 M 日立から十王にかけての太平洋が見えます。


N  帰り道、助川山(328.3メートル)に立ち寄りました。昔は踏み跡ぐらいしかなかったように思いますが、今はきれいに整備されています。こんなに眺めが良いところだったとは、驚きです。  O 助川山から日立市内と太平洋を見渡します。地球の丸さを感じられるほどのすばらしい眺めでした。